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前橋地方裁判所 昭和36年(わ)288号 判決 1962年2月28日

(3)昭和三六年(わ)第二八八号

判決

被告人

中村幸正

右の者に対する業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件について当裁判所は検察官岸野祥一出席のうえ、審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を禁錮八月に処する

理由

(被告人の義務および本件犯行に至るまでの経過)

被告人は土木建築の請負等を目的とする株式会社群馬社の代表取締役社長をしており、昭和三六年三月頃から自動車の運転操縦の練習かたがたしばしば小型四輪乗用車(六一年型ルノー・群五す四二四七号)を運転しこれの運転業務にも従事していたものであるが、同年八月二六日、前橋市元総社町一五二番地の二所在の右の会社事務所において午後六時頃から午後七時頃までの間、右の会社の職員等と共に飲酒し、被告人はビール(六三三ミリリッター入瓶)一本半位を飲み、その頃更に飲酒したくなり、前記小型四輪乗用自動車を運転し、右会社事務所を出発し、同夜午後七時頃、同市紺屋町一八番地先の路上に右自動車を駐車しておき、同市榎町一一番地所在のバー・「コニー」こと天田昇吾方においてウイスキー入りハイボールをダブルでコップ三杯位を飲酒し、更に同市紺屋町一八番地所在のキャバレー「モンテカーロ」(李万祚経営)において同夜午後八時頃より午後九時頃まで清酒約三合を飲んだものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、前記のように飲酒した結果、酒に酔い、アルコールの影響によつて自動車の正常な運転ができないおそれのある状態であつたのに拘らず、同夜午後九時頃から前記自動車に乗りこれを操縦運転し、前記キャバレー・「モンテカーロ」附近路上から同市立川町通りの道路上にでて、これを西進し同市北曲輪町一七番地先十字路を左折し、同市元総社町の前記会社事務所前に至り更に同所から折返し、再度同市横山町一七番地附近路上に引返し、同所から肩書住居に帰ろうとし、高崎市にむかい、同市日高町附近道路上に至つたものであつて、酒に酔いアルコールの影響によつて自動車の正常な運転ができないおそれがある状態にあるのに自動車を運転し、

第二、前記のように飲酒していたため、前方注視等を正確に行うことができない状態であつたので、自動車の運転者としてはかかる場合には運転を中止し酔のさめるのを待つというような方法をとり、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これをおこたり、漫然自動車の運転を継続するという過失を犯し、同夜午後九時一五分頃同市立川町県道(前橋桐生線)通称「立川町通り」を西進中、同町八一番地清月堂前路上において該道路左側を同一方向にむかい自転車に乗り進行中の松沢節子(当時二〇才)がいるのに気付かず、これに追突して同女を自転車諸共転倒させ、よつて同女に対し加療約三週間を要する頭頂部裂創等の傷害を負わせ、

第三、右判示第二記載のとおり自動車の交通によつて右松沢節子に傷害を負わせたのであるから、直ちに自動車の運転を停止し負傷者の救護をし、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないのに拘らず何等必要な措置を講じないまま運転走行を継続走過し、もつてその場を逃走し、

第四、更に判示第二冒頭記載のように、前方注視等を正確に行うことができない状態であつたので、かような場合自動車の運転者としては即時運転を中止し酔のさめるのを待つというような方法をとり事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠たり、漫然自動車の運転を継続するという過失によつて同夜午後九時二五分頃前橋市北曲輪町一七番地群馬県知事公舎東側十字路を左折しようとした際、反対方向から来進し右十字路を右折しようとして一旦停車していた今泉豊太郎(当時五九才)とその所持していた第一種原動機付自転車があるのに気付かず、正面から対向して進行し右自転車の車体に衝突し右今泉をその自転車諸共転倒させ、よつて同人に対し加療約五日間を要する右下腿挫傷等の傷害を負わせ、

第五、右判示第四記載のとおり自動車の交通によつて右の今泉豊太郎に傷害を負わせたのであるから、直ちに自動車の運転を停止し負傷者の救護をし、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないのに拘らず何等必要な措置を講じないまま運転走行を継続走過し、もつてその場を逃走し、

第六、更にその後も、判示第二冒頭記載のように前方注視等を正確に行うことができない状態であつたので、かような場合自動車の運転者としては即時運転を中止し酔のさめるのを待つというような方法をとり事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠たり漫然自動車の運転を継続するという過失によつて同夜午後九時四〇分頃前橋市元総社町より同市石倉町に通ずる県道上を東進中、前橋市元総社町一七五番地先の該県道上において同路上左側に停車し軽自動車を修理していた須郷喜一郎(当時五三才)に気付かず、被告人の運転する自動車の左前照灯附近の車体を右須郷の軽自動車に激突させて同人を車諸共刎ね飛ばし、よつて同人に対し加療約一箇月間を要する頭部打撲等の傷害を負わせ、

第七、右の判示第六記載のように自動車の交通によつて右の須郷喜一郎に傷害を負わせたのであるから、直ちに自動車の運転を停止して負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないのに拘らず、何等必要な措置を講じないまま運転走行を継続走過し、もつてその場を逃走し、

第八、公安委員会の正規の運転免許を受けていないのにかかわらず右の判示第一に記載した通り、同夜午後七時頃から同夜午後一〇時頃までの間前記小型乗用自動車を運転し、前橋市紺屋町一八番地キャバレー「モンテカーロ」附近路上から同市立川町通りの道路上にでて、更にこれを西進し同市北曲輪町一七番地先の十字路を左折し、同市元総社町の前記会社事務所前に至り更に同所から折返し、再度同市横山町一七番地附近の路上に赴むき、同所から肩書住居に帰ろうとし、高崎市にむかい同市日高町附近道路上に至つたものであつて、道路交通法等の規定によつて公安委員会より正規の運転の免許を受けなければ運転することができないこととされている自動車を当該免許を受けないで運転し、

たものである。

(情状)

右記載の各事実の外にも、右同夜午後一〇時一〇分頃前橋市横山町三二番地先道路上において川端武佳の運転する乗用自動車(五八年式オースチン群五あ第〇四四八号)に追突し、同車の右後部バンバーを破損させたまま逃走している。

なお犯行後、本件各被害者に対しては医療費、損害賠償費等を被告人側において供与し、各示談が成立している。

また被告人は自供によれば、一橋大学社会学部を卒業した後父親の死亡に伴い前記会社の社長として同社の最高責任者であり、本件自動車の外に乗用小型自動車(ルノー・六一年型群五す四二四八号)を所有し、これは被告人の妻が運転している。

被告人の前科としては(一)昭和三〇年一〇月一三日高崎簡易裁判所において道路交通法違反により罰金二〇〇〇円に、(二)同三二年五月二七日前橋簡易裁判所において同法違反により罰金一、〇〇〇円に、各処せられている。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の酒酔い運転の所為は道路交通法第六五条、第一一八条第一項第二号(情状により所定刑中懲役刑選択)に、判示第二、同第四、同第六の各業務上過失致傷の所為はいずれも刑法第二一一条前段(情状により所定刑中禁錮刑選択)に、判示第三、同第五、同第七の各轢逃げの所為はいずれも道路交通法第七二条第一項前段、第一一七条(情状により所定刑中懲役刑選択)に、判示第八の無免許運転の所為は道路交通法第八四条第一項、第六四条、等一一八条第一項第一号)情状により所定刑中懲役刑選択)に、れぞそれぞれ該当する。

しかして、右判示第一の酒酔い運転の所為と判示第八の無免許運転の所為との罪数について考察するにこの二つの行為は一見同一の行為のような観を呈するのであるが、これは刑法的評価の上からすれば別個の所為と解すべきものである。何故ならば、酒酔い運転は運転免許の有無とに関係がない。運転免許を有する者も酒酔い運転をなし得ること、および、無免許運転は運転者自体と不可分的で身分的な性質をもつている行為であるのに反し、酒酔い運転は酒に酔つている間だけ発生するのであつて、酒に酔つているという状能の継続している間だけのことである。このことを理解するための例として次のような場合を考えてみると明らかといえる。すなわち、極めて長い距離を無免許運転者が酒を携行して運転し、その途中で運転しながら飲酒するが、又は一時停車して飲酒し、再び運転行為を継続するような場合を考えてみれば明瞭である。右の場合はいずれも飲酒の前後を問わず無免許運転は継続し一貫した行為であるが、酒酔い運転の行為は酒酔いの状態が発生している間だけ存在し、その状態が何等かの原因によつて消失するとその後は存在しない。酒酔い状態が消失後無免許運転のみが残存し得る場合があることは事柄の性質上当然であるから、右の場合、たまたま酒酔い中の無免許運転行為のみを全体から切離し、その罪数を考え、観念的競合(一所為数法)と解するならば、それは行為の実体を見失つているのであつて、少くとも合理的見解とは言えないものである。それ故、この二つの行為は別罪と解し、併合罪(実在的競合)という見解の方が首尾一貫した見解と言いうると思料する。

それ故、本件判示第一乃至第八の各所為はいずれも刑法第四五条前段の併合罪であると解するので同法第四七条本文、同但書第一〇条によつて右各罪のうち、最も重い判示第六の業務上過失致傷の罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲において諸般の情状を酌量し被告人を禁錮八月に処する。

以上によつて主文のとおり判決する。

昭和三七年二月二八日

前橋地方裁判所刑事部

裁判官 藤本孝夫

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